「私のお金」「私の言葉」というフレーズは、一見したところ成り立ちそうに見えるけれど、事実ではないと思う。

 お金は一時的に、たまたま私の手元にあるに過ぎないもので、いつか必ず私のところから去っていく。

 私が口にしたり書いたりする言葉は借り物であるに過ぎず、私が作ったわけでも所有しているわけでもない。

 ただ既存のものを組み合わせ、意味が通じるように形式を整えているだけである。

 

 お金も言葉もそのように、外部に存在している他者であるはずなのに、人はしばしばそれが自分自身であるかのように錯覚してしまう。

 私のお金であり、私の言葉だ、と思い込んでいる人間は、自分が他者に乗っ取られていることを自覚できない。

 だからたくさんお金を持っていることを誇る人間も、過剰なまでに言葉で自分を飾り立てる人間も、薄っぺらく見えるのだ。

 

 そうならないようにするためには、どうすればよいか。

 お金も言葉も外部のものであると認識し、それを注意深く取り扱い、制御することに意識を向けられるようになれば、安易に支配されずにはすむだろう。

 お金も言葉も、生きていく上で数限りなく取り扱わざるを得ないものだが、それは私そのものではないのだと、割りきって考えることが重要なのだと思われる。